いやーーー、夜中の授乳が終わり、ベッドに戻るべきか、全然更新できていないブログを更新するべきか、悩んでしまいましたが。。。昼間は全くPCに向かえないので、頑張って書くことにしました。。。
さて、我が子との感動の出会いから約2ヶ月、それからお手伝いに来てくれていた母が日本に帰ってから約2週間が経った訳ですが。。
一言感想。。。。“大変” そりゃそうか。。。。
“寝れない”ということは覚悟していたけれど、母がいる時は、授乳が終わればすぐに“パス”を出し、寝かしつけや抱っこをしてもらっていたので、他の家事が出来たり、ちょっと買いものに行けたりしたけど、今や始終抱っこで両腕が塞がったまま。腕が4本あればいいのに、と切実に思ったりする最近です。
では、娘の成長記録と私たちの日常を少し。。。
-健康優良児で、2ヶ月検診で5.89キロ、60.5cmと成長曲線を飛びだす。手足も大きいので、将来“大者”の予感。
-1ヶ月目はふとした時に笑っていたが、2ヶ月目にはパパが大きな目を開けてあやすとニコニコ笑う。ママの小さな切れ長目をいくら大きく見開いてあやしても全然反応せず。ちっ。。。
-ママが側に行くと、“ママ”ではなく“おっぱい”と認識してるらしく、大きく口を開いておねだり。
-首を自分の力で左右に動かせるようになる。まだ名前の呼びかけには反応せず。
-ばあやが教えたせいか、口が寂しいときは自分の手を口に持っていく。でもまだ器用に指を吸うことが出来ず、手を入れすぎて“おえっ”となってる。
-アンパンマンマーチで手足の体操が日課。ママの歌詞がうる覚えなので、途中で泣き出す。
-2ヶ月少し手前から極端にう○ちの回数が減る。がんばって気張るも出ない時は、ギャン泣き。パパとママは相当あたふたする。
-あーうー、へー、ふえー、くわーとか声を出すようになってきた。パパとママは必死で自分達の言語で話かける。混乱しないかと少し不安。
-睡眠はまだ最高でも連続4時間。でも一人でベッドで寝れる回数が増えてくる。
-昼夜の区別がつくようになる、その代わり、昼寝はほぼママの腕の中。これにはママも困憊する。
-ママは1ヶ月はほぼ半裸生活。パパに対しての恥じらいを失いがちと、ばあやにたしなめられる。
-御飯は一品のものが多くなる(ママの手抜きという説も)圧力鍋ですぐにできるミネストーネの率が非常に高し。それでも文句を言わずに“美味しい”と食べてくれるパパに感謝。
-御飯を食べる時は交代制。熱々の御飯を食べれることはなかなかなく。最近はママが抱っこをしながら食べるのに慣れてくる。あまりに食べることに夢中になっていると、泣かれる。
-何かをいつも口にしていたいママ。授乳してるとスゴく痩せる!と噂に聞いていたので、気にせず常に食べていると、体重は減らず。おっぱいの量以上に食べているのかも!?と最近気付く。
-“寝かしつけは添い寝しないと寝ないから”を理由に、ママの昼寝の回数がなかなか減らない。
-出産前にばあやに切ってもらった変な髪型が、髪が伸びてさらに変な髪型に。。どうにかしたいと思っているママ。
-子供のことが最優先と、一日一つ家事ができれば良しとしているママ。ほこりが目に入っても見て見ぬふり。。。もうちょっと頑張れるはず。。
-パパは抱っこで必死に寝かしつけようとするけど、眠たいの愚図りには最強の武器はやっぱり“おっぱい” なので、パパは少し落ち込んでしまう。
-おっぱいが無いなら、せめておむつ替えは僕が!と張り切るパパ。でも丁寧過ぎてママのスピードには及ばず。あまり長くかかるとおしっこをかけられる。
-イタリア人だけど、あんまり普段からオーバーな感情表現をしないパパ。でも彼も例外ではなく、娘には“ピゼリーナ(小さな豆ちゃん)”とか“パタティーナ(小さなおいもちゃん)”とか“ビスッコティーナ(小さなビスケットちゃん)”などと言って、日々我が子を絶賛中。
と、こんな毎日を送っている最近の私たちです。
居眠りしながらおっぱいあげてたこともいつかはいい思い出になる日が来るかな。
でも、赤ちゃんが笑うと眠気も腱鞘炎の痛みも吹っ飛んでいく!やっぱり赤ちゃんの力はすごい!!
Saturday, 8 March 2014
私のお産 パート2
こちら南仏。
カーニバルの季節を迎え、ミモザも咲き乱れております。
娘が生まれて約3週間、助産師さんに自宅に来てもらい、体重が順調に増えているかチェックしてもらいました。
午後1時45分に来てくれるはずだったけど、授乳中、朝のバタバタ時に、助産師さんより入電。。。
助産師さん「もしもし?今日の訪問時間だけど、今から10分後に行ってもいいかしら?」
私「ええ!?今からですか?どうして?」
助産師さん「私、昨夜用事で起きていなくちゃいけなくて、今日は午後から昼寝したいのよ」
私「(絶句)わ、わかりました。。でもあと20分後でお願いします、今丁度授乳中なので。。」
理由があまりにも正直過ぎて、なんだかもう笑ってしまいました。。。
「私、昼寝したいから」が理由になる国、フランス。。。恐るべし。
さてさて、前回の記事の続きより。。。早くお産話を完結してしまいたいと思います(汗)
さて、病院に着いたものの、家に帰されないか心配だった私。
その心配は無用だったようで、早速陣痛室に通してもらい、助産師さんが分娩監視装置をつけてくれ、問診、それから子宮口の開きをチェックしてくれました。
すると、すでに4cm開いている!( ゚ ρ ゚ )おおおーーー
麻酔は子宮口2-3cm開いてから打てるので、すぐに分娩服に着替え、分娩室に入って麻酔を打つことに。私、、、実はこの麻酔の針の痛みの方が陣痛より怖かったんです。。。あのキーンと尖った痛みが「痛み」のカテゴリーの中でも一番苦手かも。
分娩室で一人、麻酔医を待つ時のドキドキ。。。
足音が聞こえて、いよいよ来たなーと思ってたら、そこに母登場!
しかもカメラ持ち!(爆)
母「はい、こっち向いてー!」
その場で分娩の準備をしている助産師さんにも笑われてしまいましたよ。
林家パー子並みにシャッターを押している母。。。あんたの娘は今から人生初の大仕事なんでっせー(; ̄ ・ ̄)=3 フゥ...
麻酔医の先生が入ってきて、麻酔の時の姿勢を説明され、助産師さんの手をぐうっと握って我慢。針がぐううーっと腰のあたりに入ってくる感覚があり、なんだか少ししびれたような感覚が右足に走って、脂汗が吹き出しました。はい、終わり!と言われ、そのまま分娩台に横たわり、しばし子宮口がさらに開くのを待つ。陣痛の強さに合わせて麻酔の量が調節されます。きちんといきめるように、完全に痛みは除かれる訳ではなく、陣痛の波が自分でも感じることができました。
相方さんが滅菌服に着替えて、分娩室へ入ってきてからは、助産士さんもどこへやら。。。二人で分娩室に残され、ひたすら子宮口がもっと開くのを待つのみ。
相方さんの手を握りながら、陣痛がきた時は、4秒鼻から息を吸って、10秒腹式呼吸で息を吐き出す。。。これが麻酔なしだったら、どんな痛みなのか。。。うー、想像しただけでも怖い。。それから20分ぐらいして、破水したのかなんだか濡れた感覚があり、助産師さん、そして先生が分娩室に入ってきました。
先生「アンシャンテ、今日はあなたの担当の先生は当直じゃないから、僕が取り上げるねー」何とも気楽な挨拶。
私「は、はい、、、アンシャンテ、、、」
色々聞きたいことがあったけど、痛みと緊張でそれどころじゃない!
分娩台の足置き場が設置され、いよいよ分娩体制!
相方さんが手を握ろうとしてくれたけど、それよりも分娩台についているハンドルを握る方が力が入るわ!かわいそうだけど、手を払いのけてしまいました。。。ごめんね、夫よ。。。
先生「はい!もう頭が見えてきてるよー」
助産師「はい!陣痛の波が来たら、う○ちする時みたいに長く息みなさい!」
一回目の波、到来!
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!
先生「違う違う!」
私の横に来て、身振りで力の入れ方を教えてくれる。
力を入れて息む場所が違うとのこと、上半身に力が籠ってしまっているらしい。
下半身にもっと力を入れないと!
2回目の波がきたーー!
はい、せーーーーの!うーーーーーーーーーーーーーーーーん!息継ぎ1回、うーーーーーーーーーーーーーっん!
先生「そうそう、そのまま、次も同じように息んで!」
助産師さんが、私のお腹をぐうううううっっと押さえる!
頭の中で、「これ、(何回も言いますが)麻酔なしじゃすごい痛かっただろうなーー」なんて結構、冷静だった私。
3回目の波に合わせて、二回の息みを繰り返す。
なんだか先生が下の方でハサミを持っているのが目に入る!
まさか!会陰切開!?
先生「その調子でいいから、もっと長く息みなさい!」
4回目、意識して今までよりもっと長く息む。
分娩台から体がずり落ちそうになり、姿勢を立て直す。
はい、せーーーーの!うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんん!!!!!
5回目の息み!なんだか大きな塊が体の下の方を通過した感触!
次の瞬間、大きな赤ちゃんの泣き声!おんぎゃーーーーおんぎゃああーーー!
この時思ったこと「ほんとうに赤ちゃんっておんぎゃーって泣くんだ。。。」
助産師さんが「23時44分!!」と大きな声で言ったのが聞こえて、
先生が「ほら、あなたの赤ちゃんだよ!」と差し出してくれて、自分の手で胸まで持ってきた瞬間、でも涙で赤ちゃんの顔がよく見えない。。。
小さい、でもすごくあたたかいものが私の胸に乗せられて、大きな声で泣いている。ああーーー、ほんとに私の中から出てきた。。。
先生が臍の緒を切るように、相方さんにハサミを渡そうすると、「No No!」と言う相方。おいおい!それぐらいで何を怖がってんだ!(私の心の声)再度促されると、ハサミを手に持ち、相方さん、臍の緒を切断。後で、この時のことを聞くと、「そんな、臍の緒切るなんて思ってみなかったし、もし失敗したらいけないと思って。。切る時は、もう切断箇所だけ見ていたよ」まあ、あたりは血だらけだったろうし、まともに赤ちゃんが出てくるところなんて見ていたら、男の人は卒倒するなんてよく言うし。。。
胸にのせられた我が子をまじまじと見つめ、手の指も5本あって、とっても小さいけど爪もきちんと生えている。。。まつげもあるよー。。。
不思議だ。。ほんとに不思議だ。私のお腹の中で、顕微鏡でしか見えない卵から細胞分裂を繰り返して、9ヶ月かけて、こんな風に一人の人間の姿になるなんて。。。この時、やっぱり神様はいるんだなと、思いました。「ここは口、ここは鼻、足の指の長さはここが一番長くて、ここが一番短い指。。。」と言う風に細胞に情報が伝達されて体が出来上がっていく様は、まさに神業でしかないんだ。
さて、そんなことを考えていたら、、、、
先生「すこーしだけ、会陰切開しました。でも斜めに切ってはいないし、自然裂傷と同じぐらいのキズだから、すぐ治るよ」
。。。。やっぱり、切られていたのね。。。私。
でも、なにはともあれ、母子共に無事に出産を終えることができた安堵感にしばらく浸りながら、分娩台の上で脱力。。。。
この後「後産」と言われる、胎盤を出す為に、先生が私のお腹をぐううーーーっと押しながら、助産師さんが胎盤を引き出しました。ちらっと、大きなグロテスクな赤い塊らしきものが見えた気がしたけど、、、実際痛みはないけど、こういう風に視覚を通して血を見てしまうと痛みを感じてしまいそうだから、見ない見ない。。。
それから2時間、赤ちゃんを胸の上に乗せてもらい、しばし休憩。。。。。
はあアーーーーーー、終わった。。。ほんとに終わったんだ。。。。
病院に着いてから3時間。長丁場を覚悟していたので、なんだか少し拍子抜け。
去年の7、8月の悪阻の時の方がほんとに長くて、苦しくて、妊娠なんて二度とするものか。。と思っていたぐらい。和痛分娩だったというお陰もあるけど、これなら2、3人目も産める、なんて思ってしまいました(^^;)
相方さんからかけらた「ほんとに、よくがんばってくれたね、ありがとう、世界で一番美しいね、僕たちの宝物だよ。」
この言葉が何より嬉しかった。
出てきた我が子を見て、夫に似ているところをまず一番最初に探しました。
自分に似てるより、やっぱり夫に似てる方が嬉しい、ってこれは私の母も言っていたことだけど、ほんとですね。
それから私の母も、滅菌服を来て分娩室へ。
第一声「奈良の大仏さんみたいな顔やなー、この間帰国したとき大仏さん見に行ったからちゃう?はは!」
私でもなく、相方さんでもなく、仏とは。。。。ありがた過ぎて怒れないよ。。。
それから1時間近く、相方さんは一眼レフを持ち込み、母はデジカメで、シャッターを切りまくり、ビデオを回しまくり、撮影会。
病室へ移る前に、赤ちゃんの体重、身長、頭まわりを計ってもらいました。
3210g、49cm、33cm。こんな小さな体で一生懸命、私たちのもとに来てくれました。ほんとに、ありがとう。未熟な新米母ちゃんと父ちゃんですが、精一杯頑張るので、これからよろしくお願いしますね。
Sunday, 2 March 2014
私のお産 パート1
よし!今のうち!
娘が生まれて約3週間、慣れない昼夜逆転生活に既にヒーヒー言っております。
ブログを書こう、と思いつつも、娘と一緒に寝てしまう私。。。
今眠りに入った娘が目を覚まさないうちに、そして私に余力があるうちに、出産のことを書いてしまおうと思います!
人のお産話を聞いては、自分のお産はどんな風になるんだろうと日々想像していました。私の場合、やっぱり一番気になるのは「どんな痛みがやってくるんだろう?」ということ。陣痛が一日以上続く人や、うちの母親みたいに、痛みで吐いたなんて。。。ことを言う人がいたり。。。
特段、痛みに弱いと思ったことはないけれど、和痛分娩という選択肢があるフランスでは、敢えて自ら「壮絶なる痛み(私の想像)」を経験することはないと思い、私は和痛分娩を選びました。
最後の検診が終わったあとから、ちょくちょくおしるしらしきものがあり、
そして検診から5日目の朝。用事を済ませようと、歩いて出掛けると、10分間隔の規則的な痛みがやって来ました。以前から前駆陣痛らしい不規則なお腹の痛みはあったものの、規則的な痛みはこれが初めて。きゅうーーーっと子宮が収縮するような痛みで、少し歩いてはまた立ち止まって、前屈みになりながら痛みが去るのを待つという感じ。
母「(腕時計を見ながら)はい!今ので10分!やっぱり規則的に来てるわ!ふらちゃんに帰ってきてもらうか?」
私「。。。ううん、でもこの痛みぐらいでは病院には行けへんと思う。まだ我慢できるもん」
タイムキーパーの母。
隣りで、自分が最初の子(私の姉)を出産する時には、痛くてすぐ病院に行ったら、まだまだと言われて2回も家に帰された云々の話をしています。
その話を聞いて余計、病院なんてまだ行けない。。。
それから午後には、間隔が8分、7分、また10分に戻ったりを繰り返し。。。
陣痛の波が去ると、不思議なぐらい、普通に歩いたりできるし、しかもお腹は普通に空くので、今晩病院にいくかもしれない!→そしたらしばらくは食べれない!→必死で夕飯の準備をする!
早めに帰ってきた相方さんと母と三人での妊婦生活最後の夕飯。(になるかもしれないと思いつつ。。。)
痛みが来ると食べるのを止め、母に腰をさすってもらう。相方さんもさすってくれるけど、全然違うポイントをさするので、止めてもうら。
痛みが去ると、また食事を再開。次はいつ食べれるか分からないので御飯も一応二杯食べておく。
母「間隔がもう6分になってるで!病院に行った方がいいんちゃう!?」
私「、、、、うーーーん、まだまだー!だって先生は5分間隔の強い痛みが2時間って言ってたもん!」
母「そんなん、お産はそれぞれによって違うねんから、みんながみんな5分間隔が2時間続く訳ないやんか!」
私「、、、、うーーーん、でもまだこの痛みは我慢できる痛みやし、もっと痛くならないといけないはず!」
母「あんた、そんなところで我慢強さ出してどうすんの!お母さんなんか、もう痛い!って思ったらすぐ病院行ったで!」
私「、、、、だから、2回も家に帰されたんやろ!」
二人の日本語の聞きながら、おろおろする相方さん。
そうこうしていると、ほんとに痛みが5分間隔になってきた。
確かに2時間ぐらいの間にどんどん痛みの間隔が短くなってきていたので、今から2時間様子を見るのは危険と判断。朝の痛みより、確かに痛みも強い(しつこいけど、でもまだ我慢はできる。。。)ということで、病院へ行く事に。。。
時刻は夜の9時。
病院までは約20分。
その間にも陣痛の波が来ては去る。車の中でうーーーーん、うーーーーんと唸る私。でもやっぱり「5分間隔の強い痛みが2時間」が頭から離れず、
私「まだ子宮口も開いてなくて、帰されたらどうしよう。。。」
母「そうなったら、もうお母さんが言うたる!」
母よ、何を言うつもりだったのか分かりませんが、、苦笑
さてさて、これからいよいよ出産本番!
でも長くなりそうなので、パート2へひっぱります。。。(^^;)
Sunday, 23 February 2014
最後の妊婦検診〜フランス式9ヶ月〜
この記事を書いている本日2月23日。
我が子、すでに誕生しております。。。(^^;)
もともと20日前後が予定日で、最後の検診の後、「まだ余裕ー」なんて、のらりくらりしていたら、ブログをアップする前に産気づいてしまいました。
でも、自分の記録として、記しておきたいと思います。
さて、リチャード先生の検診もこれで最後。
どうしても付いて来るという母を連れて行ってきました。
毎回、相方さんのランチの時間に合わせて予約を取っているので、時間はきっかり正午。いつもならだいたい時間とおりに診察が始まりますが、今回は私たちの前のカップルの診察が押していたのか、予約時間より40分も遅れての検診です。
せっかち関西人の母、「遅いわー、どないしたんやろ、いつもこんなん?(ぶつくさぶつくさ)」
あーもう、連れてこんかったら良かった。。。( -.-) =зフウー
診察室には私と相方さんだけ、母には待ち合い室で待ってもらいました。
すると、リチャード先生、母がせっかく来ているのを気遣ってか、なんと最後にエコーをしてくれると!やっぱり、優しいな、この先生でよかった。しみじみ。。
内診をしながら。。。
「もう、来週には生まれるね」と断言した先生。。。その通りになりましたよ!
「でも来週は僕のシフトじゃないから、僕に取り上げてほしかったら、来週末まで待ってね」なんてジョークまで飛ばす。
内診後、少し不安に思っていた会陰切開についても質問。
「フランスではもう10年ぐらい前ぐらいから、会陰切開はやらない傾向だよ。というのも、会陰切開は自然のまま悪く裂けるケースを減らす為に医師たちが始めたことだけど、結局は会陰切開をしても自然裂傷の率を下げることにはならないことが分かったから、近年はほとんどの医師がしない方向なんだ。僕も今迄で、数えるぐらいしか行ったことがないからね。」
ふむふむ、なるほど。。。でも悪く裂けるのだけは避けたい。。。
病院に来るタイミングについても最終確認。
「5分おきの強い痛みが2時間続いたら来てね。2分おきの弱い痛みでもダメ、10分おきの強い痛みでもダメだよ」
えええーそんなに厳密に。。と、この言いつけ通りにしていたら、おそらく間に合わなかったなーと今となっては思うんですが、出産についてはまた次回のブログにて。。。
最後は、事前に先生が言ってくれた通り、特別にエコーもしてもらいました。
でも、今の時期の赤ちゃんは、もうエコーの画面には入りきらず、逆にとても見え辛いとのこと。映し出された画面には先生の説明がないと、何がなんだ分からない不鮮明な画だけが映し出されていました。でも一応、これが腕で、顔の前に腕を置いて、隠しているよ、と先生が説明してくれます。心音も綺麗なリズムを打って、聞こえてきました。ぶーぶー言っていた母も帰り道、「親切で、いい先生やん!」と、40分待たされたことをすっかり帳消しの様子でした。。苦笑
さて、このわずか5日後、出産という未知なる体験が待ち構えています。。。
Wednesday, 5 February 2014
母、来たる。
日曜日、はるばる日本より母が到着。
バスルームの工事もギリギリに終わって、赤ちゃんも母が来るまでは出てこないでよー!と毎日ヒヤヒヤしていましたが、なんとか持ちこたえてくれたようです。
うちの母、御歳6○歳。
色んなところには行き慣れている母ですが、やっぱり予期せぬことが起こったらと思い、いつも「これとあれをプリントアウトして」「こんなことが起こったら、こんな風に言うんだよ」などなど、メールで指示したり、やはり到着するまで心配で、、いつもブロークン英語を駆使して、どこにでも行く彼女でも、待ってる側は毎回気が気じゃない。
しかも、今回のフライトは、チェックイン荷物を30kgまで預けれるエミレーツ航空にしたので、トランジットも入れて約20時間のフライトを堪えてもらわないといけなかった訳だけど、ニース空港に着いた時の第一声。。。
私「大丈夫?長くて疲れたやろー?」
母「ぜーんぜん!なんか外国来たら、アドレナリン出て元気になるねん!」
母「見て!この箱の梱包はお父さんやで!頑丈に括ってくれてるやろ!」
母「もうこれ以上荷物は増やさないでください、ってチェックインで言われたから免税店で買い物できへんかったわ!」
母「今の季節やったら、ミモザもう咲いてる?」
アドレナリン、やっぱり出てるんでしょうね。。。。爆
ロンドン、ドイツ、イタリア、フランスと、私が点々とする度に、いつも会いに来てくれている母ですが、彼女のバイタリティーにはいつも脱帽です。
スーツケース一個と、段ボール一個、それから背中に大きなバックパック。
6○歳が運ぶ荷物じゃないと思いながらも、色々私がお願いしたもの+それ以上のものを詰め込んで来てくれました。
彼女の滞在はこれから2ヶ月ありますが、今日で3日目、さっきお昼を一緒に食べていたら。。
母「お母さん、Naoとふらちゃんと一緒やったら、全然気使わへんから、ここで一緒に暮らせるかも!」
ですって。。( ̄▽ ̄;)
うーん、どうなんでしょう。。。。母ちゃん、私の一存では決めれませんからね。。
バスルームの工事もギリギリに終わって、赤ちゃんも母が来るまでは出てこないでよー!と毎日ヒヤヒヤしていましたが、なんとか持ちこたえてくれたようです。
うちの母、御歳6○歳。
色んなところには行き慣れている母ですが、やっぱり予期せぬことが起こったらと思い、いつも「これとあれをプリントアウトして」「こんなことが起こったら、こんな風に言うんだよ」などなど、メールで指示したり、やはり到着するまで心配で、、いつもブロークン英語を駆使して、どこにでも行く彼女でも、待ってる側は毎回気が気じゃない。
私「大丈夫?長くて疲れたやろー?」
母「ぜーんぜん!なんか外国来たら、アドレナリン出て元気になるねん!」
母「見て!この箱の梱包はお父さんやで!頑丈に括ってくれてるやろ!」
母「もうこれ以上荷物は増やさないでください、ってチェックインで言われたから免税店で買い物できへんかったわ!」
母「今の季節やったら、ミモザもう咲いてる?」
アドレナリン、やっぱり出てるんでしょうね。。。。爆
スーツケース一個と、段ボール一個、それから背中に大きなバックパック。
6○歳が運ぶ荷物じゃないと思いながらも、色々私がお願いしたもの+それ以上のものを詰め込んで来てくれました。
彼女の滞在はこれから2ヶ月ありますが、今日で3日目、さっきお昼を一緒に食べていたら。。
母「お母さん、Naoとふらちゃんと一緒やったら、全然気使わへんから、ここで一緒に暮らせるかも!」
ですって。。( ̄▽ ̄;)
うーん、どうなんでしょう。。。。母ちゃん、私の一存では決めれませんからね。。
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| 義理息子へのお土産 |
![]() |
| 母への労いのシナモンロールを焼いておきました。 |
Thursday, 30 January 2014
国籍についてのお勉強
雨模様のアンティーブ。
いくら南仏とはいえ、雨が降る冬の天気は、寒いです。
今日は手袋と帽子をひっぱり出してきました。
うー、寒い。。。。(><)
さてさて、もうすぐ生まれてくるであろう我が子。
入院準備は、今週日曜に届く母、、ではなくて母が持ってくる荷物の中のものを足して、一応必要なものが揃いそうです。でも何か忘れていそうな気がして、ソワソワ。
身の回りのものの準備もありますが、大切な、忘れてはいけないもので、出生届があります。フランスでは、子供が生まれてから3日以内に、出生届を出さないといけません。日本みたいに14日もあって、悠長に構えてられない!もし間に合わなかった場合、何やら裁判所で出生を認めてもらい、なんたらかんたら、、考えただけでややこしいので、絶対何がなんでも、この出生届に不備があっちゃあいけない!と念入りに調べて用意しました(のつもり)
住んでいるところの役所に届け出るのではなく、生まれた街の役所に届ける、それから私たちの場合は二人ともフランス人ではなく、外国人なので、何か特別な書類が必要なのか、事前に届け出予定の役所に電話で確認しました。聞く人によって答えが違うことも多々あるので、2−3回同じ質問をして、確認したい衝動にかられるけど。。。
フランスの出生届を出したら、次は、イタリアと日本側へ届け出を出します。
日本側については、領事館のホームページにも詳しく説明されているし、電話で問い合わせすると、明確な答えがすぐ返ってくるし、事前にメール添付でチェックしてくれるというので、やっぱりジャパニーズ、安心感100%。
そしてイタリアの出生届については、相方さんにニースにある領事館へ聞いてもらったところ。。。フランスの出生届コピーだけ、しかも提出期限は特になし、とのこと。。。あー怪しい。。。怪しすぎる。そして不安すぎる。ほんとかよーーー大丈夫かよーーーー(ーдー)
イタリアも日本も父母両系血統主義をとっているので、父母のいずれかがその国籍を保有している場合、その子供も親の国籍を保有することができます。アメリカなどは出生地主義なので、親の国籍に関わらず、その地で生まれた子供には国籍が与えれますよね、その他にも父系血統主義の国などがあるみたいです。
うちの子は、イタリアと日本の国籍を保有することになるので、重国籍について、少し調べてみました。イタリアは重国籍を認めているので、特にイタリア以外の国籍を持っているからと言って、なんら問題ありません。しかし、日本は、ご存知の通り、重国籍を認めていないので、22歳になるまでに(2014年1月現在)「日本国籍を保有するか、離脱するか選択しなければならない」とあります。
もし、日本国籍の保有を希望する場合には、「プラス、外国の国籍を放棄することを宣言しないといけない」とある訳だけど、この「放棄」に関して、日本政府がその諸外国の国籍放棄への強制力は持っておらず(内政干渉になるため)、あくまで「諸外国の国籍を放棄するよう努力義務が生じる」にとどまっています。(国籍法第16条)
また、日本−諸外国間において、国籍保有の有無についての相互通知システムは基本なく、イタリア国籍を引き続き保有しているということが日本側に露呈することはありません。(ドイツの場合は、ドイツ国籍を選択した場合、日本へ通知がいくようなことを聞きましたが)
ということは。。。つまり。。。。
22歳になるまでに日本国籍の保有を選択した場合でも、イタリア側の国籍が自動的に失われるということは現在のシステム上ない?ということですね。。
また、ブラジルなどは憲法上、国籍離脱を認めてない国なので、極端な話、離脱したくてもできない、日本の国籍を選択した場合でも、結局は2重国籍のままということになるという人もいるそうです。
「重国籍だと、何かと便利やん」ぐらいにしか思っていなかったけど、今回少し調べてみるとそうでもなさそうな事もあると分かりました。例えばアメリカ国籍の場合、アメリカに住んでなくとも、国外所得に対して納税義務が発生することや(所得税を二重に払わないといけない)、また徴兵義務や選挙義務のある国では、国外に住んでいても、その義務を果たさないと罰金などなど。あと日本において言えば、外交官や自衛官になるための受験資格に、日本以外の国籍保有を認めていないので、重国籍者はこういった職業には就けないことになります。
なるほどねえ。。。
その国の国籍を有するがこそ与えられる権利や、課せられる義務。
自分の子供が重国籍保持者になるので、色々知っておかなくてはいけないことがありそうですね。
Friday, 24 January 2014
ポジティブシンキング
今月に入ってまだ一回しか更新していないブログ。
また日本のお母ちゃんからちゃちゃが入りました。。(^^;)
母「楽しみにしてるんやから、はよ更新しいやー」
私「。。。はい(汗)」
実はうちの父が12月で退職したので、日本にいる姉と一緒にタブレットを退職祝いにプレゼントしました。そしてそのタブレットを使っているのはほとんど母という状況です。なので、PCの電源をいちいち入れないで簡単にネットができるだけに、毎日チェックされている私のブログ。うーん、ちと厄介やわ。。。
このタブレットを使い始めるにあたって、私とスカイプを通して初期設定したんですが、これまた、、、大変。タブレットなんてタッチすればいいだけやから、簡単やんと言われるけど、今までそういうモノに触れたことがない人にしてみれば、まずタッチする感覚というのを掴まないといけない。
例えば、私が「それを押して(タッチしての意図)」というと、あちらにしてみれば、「押す(つまり長押し)」するという風に伝わってしまったし、「スワイプ」っていっても、どうすることかは、スカイプのカメラ前で必死にスマートフォンを使って説明しーの。。。約2時間でやっと初期設定を完了!疲れたアアーーーo(´д`)o
でもこのタブレット、来月から母がこちらに2ヶ月滞在するので、日本で留守番の父との連絡手段となり大きな役目を果たしてくれそうです。
さて、そうやって色々と準備を進めているんですが、なんとうちのアパートのバスルームが只今大工事中。。。涙
去年の5月頃から下の階の天井へ水漏れしてると通報があり、大家さんがシャワーボックスのタイルを何枚か敷き直したり、その場凌ぎの修繕だけでここまで来ていたら、やっぱりどんどんひどくなったらしい。。。下の階の天井の状態を見せてもらったら、こっりゃあひどい、天井に水たまりができてる感じ Σ(゚д゚;) ヌオォ!?
何回も水道屋さんを寄越す大家。やっと排水口を確認してもらったら、どうやら水道管からの水漏れではなく、タイルの隙間からの水漏れ。。。。らしい。結局ほんまの原因わからんのかい!
きっとゆくゆくは大きな工事になると思ったので、12月頃、こちらから大家へ、工事の必要があるなら2月までにやってもらわな困る!とメールを送ったら、なんとバスルーム全面改装しますと。なら、もっと迅速に、やってほしかった。。。今週から始まった工事、朝8時から夜の6時まで、ほぼトイレも使えない、風呂場も使えない、という訳で、近所のお友達の家でお風呂を借りる毎日。特に最近トイレが近い私にとっては、かなり辛いものがあります。。。。膀胱炎にならないかしら。。涙
“sorry for all inconveniences” とメールで謝罪されたものの、ほんまに不便で、昨日は思わずぶちギレそうになりました。。。と、相方さん、私の不機嫌を察して。。。
相方「ごめんね、僕としても責任を感じるよ。。」
私「別にふらちゃんのせいちゃうから。。。大家さんがもっと早く動いてくれればよかっただけで」
相方「でもでも、君がとても不便な思いしていることがとても悲しい。。」
私「(悲しいと言われても。。)いいよ、幸いお風呂も使わせてもらえてるし、まだラッキーだったと思うようにする」
相方さん「、、、そうだね!おかあさんも来る前だし、赤ちゃんも幸い生まれる前だから、まだ最悪な状況ではない」
私「...まあね(;-_-)」
自分だってオフィスのシャワーを使わないといけない不便さを強いられているのに、相方さんのポジティブさになんだか、拍子抜け。。。。そうですね、「最悪な状況」ではまだないので、辛抱するとします。
この話を母にしていたら、「ほんまや、ふらちゃんの言う通りやで!」と早速、彼に同調してました。。。うーん、なんだか来月から2対1になりそうな予感。。

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